実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば
ついに怨みのやむことがない。怨みをすててこそ息む。
これは永遠の真理である。
『ブッダの真理のことば・感興のことば』(岩波文庫)より
今秋の十一月十三日にフランスのパリで起きた「同時多発テロ事件」は、世界中に衝撃を与えました。
その自爆テロによる無差別虐殺は、一月に起きたシャルリ・エブド襲撃事件をはるかに上回るもので、オランド大統領は「フランスは今、テロとの戦争に入っている」と宣言して、すぐにシリアに報復の空爆を開始しました。
フランス中が怒りと悲しみに包まれる中で、しかし、そのテロで妻を失いながらも、報復とは違ったメッセージをテロリスト達に送った人がいました。映画ジャーナリストのアントワーヌ・レスリさんは、妻の遺体と対面した直後に、テロリストに向けてこう書いたのです。
「金曜の夜、最愛の人を奪われたが、君たちを憎むつもりはない。決して君たちに憎しみという贈り物はあげない。君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈することになる。君たちは、私が恐れ、隣人を疑いの目で見つめ、安全のために自由を犠牲にすることを望んだ。だが君たちの負けだ。(私という)プレーヤーはまだここにいる。」
レスリさんの言葉は、ネットを通じて広まり世界中に深い感動を呼びました。それは、冒頭に掲げたお釈迦さまの「(怨みは)怨みをすててこそ息む」という教えを、その耐えがたい悲しみと怒りの極限的体験を通しながら、見事に実践したものでした。
「憎しみの連鎖」が何をもたらすのか、私たちはすでにアメリカが行った「イラク戦争」で分かっています。
ブッシュ大統領は、9.11同時多発テロに対して、「十字軍を!」と叫んで、「タリバン掃討」「イラク戦争」を行いました。
しかし、「大量破壊兵器があるから」との根拠のない理由で行った「イラク戦争」が、イラクとシリアの混乱を招き、現在のイスラム国(IS)を生みだしたのでした。そのイスラム国を名乗るフランス在住のテロリストが、パリで同時多発テロを起す。まさしく「この世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならばついに怨みのやむことがない」のです。
元外交官で評論家の佐藤優氏は、「パリでの同時多発テロは、長期的な歴史観から考える必要がある」として、次のように指摘しています。イスラム国をめぐる問題は、20世紀の初めにオスマン帝国が滅ばされ、その後に西欧列強国は自分たちに都合よく勝手に中東を分割して国境線を引いたが、このサイクス・ピコ秘密協定(1916年)に基づく国境線がもう有効性を喪失して、国という単位を超えた混乱と戦争が生じている。だから、イスラム国を滅ぼせば解決する問題ではなく、その根本原因に遡って問題を解決しなければならない、ということです。
レスリさんのように、怒りに身を任せずに、心を制御して冷静に「残虐な敵」に向かって語ることは容易なことではありません。しかし、「怨みは、怨みを捨てることによってしか、鎮まらない」ということも、また永遠の真理なのです。
その冷静さがなければ、百年以上にも遡る中東地域の問題の解決にもふれられず、戦争が終息することもまたありえないでしょう。
日蓮聖人はご信者の四条金吾殿に、『法華経』の教えの中心は、なによりも六波羅蜜の中の「忍辱(にんにく)」の行なのだよ、と諭しています。屈辱を耐え忍ぶ、というこの忍辱の行こそ、うらみを鎮めて、争いを終息させる妙薬なのです。
どうぞ皆さまも「忍辱という強者(つわもの)」を心の友として、来春からの一年、難をのがれた日々是好日の毎日をご修行くださいますよう、宜しくお願い申し上げます。
合 掌